心に芽吹いた “疑問” と “興味” に導かれ、
スタンフォード大学からアカデミアの道へ。

ニキティン美咲

2021年卒業 第1期生

スタンフォード大学卒業、ハーバード大学大学院在籍

広尾学園高等学校出身

ハーバード大学大学院の博士課程に在籍しているニキティン美咲さんの原点は、高校卒業までの18年間を過ごした東京にあります。

ハーバード大学大学院の博士課程に在籍しているニキティン美咲さんの原点は、高校卒業までの18年間を過ごした東京にあります。日本で生まれ育ち、日本語が母語であるにもかかわらずマイノリティとして見られてきた自身の経験から芽吹いた“疑問”は、様々な学問へ通じるドアを開けました。“疑問”から始まったニキティンさんの歩みを辿ります。

日本で生まれ育ち、日本語が母語であるにもかかわらずマイノリティとして見られてきた自身の経験から芽吹いた“疑問”は、様々な学問へ通じるドアを開けました。“疑問”から始まったニキティンさんの歩みを辿ります。

August, 2025

周囲からの視線と扱いをきっかけに、
ジェンダーと社会構造に目を向けた

― 高校3年生当時、大学で学びたい学問としてニキティンさんが挙げていたのが、教育学、哲学、法学、政治学、ジェンダー学でした。これらの幅広い分野に興味を持った背景には、どんな経験があったのでしょうか?

幼い頃から、“自分は周りとは違う”と感じさせられることが毎日のようにあり、「同じ社会に生きているのに、人によって得られる機会や扱い、世界の感じ方がなぜこんなに違うのか」という疑問を抱いてきました。私の父は旧ソ連出身、母は日本人ですが、私自身は生まれも育ちもずっと日本。海外大に進学するまで、国外の滞在経験は全くありません。私は自分自身を日本人として認識していますが、見知らぬ人や同級生から「日本語、上手だね」と言われるなど、日本人として扱われないことがたくさんありました。また、シングルマザーの母を通して、ジェンダーという観点からも日本社会に対する疑問を感じていましたね。音楽家として活動する母が、女性アーティストであるがゆえに直面してきた様々な差別、ハラスメントを間近で見る中、ジェンダーをめぐる不平等や抑圧について考えるようになりました。もともとは「女の子だから」と自分を枠づける発想はなかったのに、他人の言動に影響され、そうした規範的な考え方が自分の中に根付いていく。おのずと、その大元にある社会構造自体に目がいくようになっていました。

高校生になった頃には、いろんな社会的マイノリティについて知りたい、寄り添いたい、と思うように。国連で働きたいと考えていた時期もあったのですが、「何をしたいのか」ではなく、「自分には何ができるのか」をもっと極めていきたいと思い、大学では社会の仕組みそのものを捉え直したり、なぜ「他者」という差異が認識され、それに基づく偏見や格差が生じていくのかといった根本的な部分を学んだりしたいと感じたのが、背景にあります。

― そこで、日本の大学ではなく、アメリカの大学への進学を決心したのはなぜですか?

理由は二つあります。一つは、アメリカだと“ニードブラインド”という、家庭の経済状況に応じて授業料だけでなく、寮費や食費など生活費が支援される奨学金があると知ったからです。学費や生活費が払えるか分からない、そもそも大学進学自体かなうのか不安な状況だったので、もう一か八か、全額免除で通えるかもしれないアメリカの大学に賭けようと。もう一つは、ジェンダー学や政治学といったものを学部生の時から詳しく学びたいと感じていたから。現在、私は大学院で民族音楽学を専攻していますが、振り返ると、興味のあることを幅広く学べるリベラルアーツの制度があったからこそ、今いる場所に辿り着いたのかなと思います。

また、スタンフォードは国際郵便で合格通知を送付する大学だったのですが、その合格通知の書面にアドミッションオフィサー(入試担当部門の職員)と思われる方から、「あなたのストーリーを共有してくれて、本当にありがとう」という手書きのメッセージが添えられていました。すごく感動しましたし、一人ひとりのストーリーやアイデンティティを重視されているのかなと感じて、最終的にスタンフォード大学に進むことを決めました。

スタンフォード大学を卒業後、今はハーバード大学大学院に在籍。アカデミアの道を進んでいる。

民族音楽学と恩師との出会いが
ターニングポイントに

― スタンフォード大学に入学してから、最終的に「比較文学」と「フェミニスト・ジェンダー・セクシュアリティ」で学士を取得されるまで、学びの面では様々な変化を経てこられたと思います。その中で、何かターニングポイントになったことはありますか?

ターニングポイントは2年次の秋学期ですね。1年次、2年次の時はリベラルアーツ制度を最大限に活用しようと幅広い授業を取って、その中に「世界各地の音楽と文化盗用」という授業がありました。その授業の担当教授が、民族音楽学者のデニース・ギル先生。私の恩師となる教授です。授業では、アメリカだけでなく世界各地のいろんな文化的背景や表現技法、そして音楽という概念自体が地域によって違う捉え方をされていると教わり、これまで自分が持ち続けてきた興味の点と点が繋がっていくような、視野の広がりを感じましたね。それで、ジェンダー学、脱構築主義、ポストコロニアル理論といったものに対する私の関心と知識を踏まえて、マイノリティの人々の音楽作りというものに研究を移してみたいと思うようになりました。

ちょうどその時、2年生限定の個人研究奨学金の募集時期と重なったので、南アフリカで民族音楽学の現地調査を行いたいと申し込みました。その申請が通り、私一人でケープタウンに滞在してリサーチを行うという経験をさせてもらえたことは、何事にも代えがたい転機になったと思います。植民地化以前から受け継がれてきた文化実践や歴史、そしてアパルトヘイトという残酷な人種差別制度のもとで展開された抗議運動が、そこで奏でられる音楽と音楽作りにどんな影響を与えてきたのか、現地のアーティストの方々に直に話を伺って本当に感銘を受けました。「これが私のやりたいことかもしれない」という思いが、そこから高まっていった覚えがあります。

「音楽学」に対して学際的なアプローチを
試みるための、ダブルメジャー

― 2年次に恩師となる教授、そして民族音楽学との出会いを経て、それこそ専攻を音楽学にする選択肢もあったかと思います。

当時ちょっと音楽学という学問に対して、西洋中心的ではないかと考えていたところがあって…。今振り返れば私の偏見も少しあったと思いますが、音楽学を専攻すると西洋音楽理論といった必須科目を取らなければいけないので、それを基盤とするカリキュラムに抵抗を感じていました。相談にのってもらった民族音楽学者のギル先生からも「音楽学という一つの分野に絞るのではなく学びたいことを学ぶ“interdisciplinarity”(学際)を大事にして、研究内容というアウトプットは音楽にするのがいいのではないか」と助言をいただいたのも後押しに。私としてはクィア理論も学びたかったですし、「比較文学」を専攻すると歴史学や英文学、哲学など、いろんな専攻の単位として認められることもあって、「比較文学」と「フェミニスト・ジェンダー・セクシュアリティ」のダブルメジャーにしました。

2025年夏、柳井正財団主催のイベントに登壇。後輩となる現役生たちに自身の経験を語った。

― 専攻の選択時にも恩師のデニース・ギル先生の存在は大きかったのですね。

そうですね。音楽学という部門はとても男性的というか、男性が主導してきた歴史を持つんですが、その中でもギル先生はカッコいい女性のロールモデルみたいな存在なんです。彼女の研究スタンスもとても尊敬しています。いろんな人々と対話を重ねながら、その人たちが持つ知識や視点を自分の分析とともに考えていくというもので、論文でも協働者の存在や彼らへの感謝をしっかりと伝える方。ある時、私は思い切ってギル先生に「先生の授業が素晴らしくて、もう言葉が足りないくらい感謝の気持ちでいっぱいです」とお伝えしたことがありました。すると彼女は微笑んで、「そうでしょう、私ってすごいの。でもね、あなたもすごいのよ」と返してくださったんです。その言葉から自分への自信と、でもそれだけではない他者へのリスペクトや温かいまなざしも感じて、やっぱり素敵だなと思いました。出会えてよかったと心から思える恩師です。

「自分の好きなこと、自分の個性を追求していくことが、人生の岐路を導いてくれるものになると思います」

授業で提出したエッセイが、
アカデミアへの道を意識するきっかけに

― 「比較文学」と「フェミニスト・ジェンダー・セクシュアリティ」のダブルメジャーでありながら、ニキティンさんは「アフリカ系アメリカ人の音楽におけるソウル伝統」という授業でエッセイを書かれ、スタンフォード大学の論文賞「Hoefer Prize」を受賞されましたね。まさにギル先生の助言通りになりました。

論文賞の受賞は、ギル先生がおっしゃったみたいに、私は音楽学を専攻していないけれど音楽を研究対象にしていいんだと、「自分だからこそできることがあるんだ」と実感した瞬間でした。論文は、ロックンロールの草分け的な存在として知られるリトル・リチャードの1957年のヒット曲「Lucille」と、1953年にリリースした「Directly From My Heart To You」を比較分析したもの。どちらも実は同じメロディーなのですが、前者は明るく活気に満ちた楽曲に対し、後者はブルースのルーツを感じるバラード。「Lucille」は大ヒットしたけれども、「Directly From My Heart To You」は非常にマイナーな曲です。メロディーは同じなのに、大衆の受け取り方がなぜ違うのか。そこには黒人女性が築き上げたブルースがロックンロールの原点であるにもかかわらず、アメリカの白人男性中心社会の中でその系譜が十分に認識されてこなかった歴史が影響しており、ジェンダーの観点から分析できるものがあるのではないかと論じました。

この2つの曲が同じメロディーであったことを指摘した音楽学者がこれまで誰もいなかったというのが、私の論文が評価された大きな点だったと思います。でも、それこそリトル・リチャードのファンの方とか、ロックの歴史に詳しい評論家の方とか、アカデミアの外ではすでに気付いていた方はたくさんいるはず。私は学術的な立場、能力、そして機会のある自分だからこそ、こうした視点や歴史をより広く伝えていく役割があるのではないかと感じ、博士課程に進んでアカデミアの道を行こうと決めました。

College Life

次の世代の視野を広げ、
導く「踏み台」を目指したい

「Hoefer Prize」を受賞した論文のように、“アカデミアにおける第一発見者” であることが評価されたとしても、それは私の目標ではありません。目指しているのは、高校生の頃に “踏み台” として私の考え方を育んでくれた文献のようなもの。また、サブカルチャー研究やマイノリティ文化など、学術界からも主流(の価値観)からも今は外れているようなものに対して新しい視点を紹介し、そこから対話を広げていくような活動に貢献したいです。特に音楽は、いろんな方々との対話を可能にする一つの表現だと思うので、音楽そのものや、音楽の研究を通して、対話を阻むような社会構造をどうやって問い直し、乗り越えていけるのかというのを、これからも考え続けていきたいと思います。

― 最後に、中高生のみなさんにメッセージをお願いします。

自分の高校時代を振り返ってみて、私から言えることは、「努力は無駄にならない」。興味のある物事が何であれ、それに対して努力をするのは決して悪いことではなく、胸を張って誇れることです。例えば私は、漫画、アニメ、お笑いが好きで、オタク気質な探究心を持って昔から深掘りしていたことが、今の研究で役立っていると感じることが多々あります。「ものまね音楽論」という独自の理論を立てたり、アニメ研究の授業を担当し、その日のテーマにぴったりのワンシーンがパッと思い浮かんだり。とはいえ、勉強をおざなりにして漫画を読み放題していいということではないので、もっといい例を挙げますね(笑)。 高校生の頃、私は数学が得意だったこともあり努力を重ねてきましたが、大学に進学した時、正直こんなに理系のことをしなくてもよかったなとか、時間がもったいなかったかもって思ったことがあったんですよね。でも今、音楽理論でコード進行や和声を分析するのに数学がとても役立っているんです。一見バラバラに見える「興味」や「経験」といった点と点が、いつどこで繋がるか分からないものだと感じます。ベタなアドバイスになっちゃうかもしれないけれど、自分の好きなこと、自分の個性を追求していくことが、人生の岐路を導いてくれるものになると思います。

ニキティン美咲 2021年卒業 第1期生

スタンフォード大学卒業、ハーバード大学大学院在籍

広尾学園高等学校出身

専門はサブカル音楽研究とジェンダー/セクシュアリティ論。昭和歌謡に見られる男女観や、地下アイドル現場でのヲタ芸・コールなど、日本の音楽文化を幅広く考察。好きな漫画は「NANA」、アニメは「リコリス・リコイル」。好きな芸人は、ゆりやんレトリィバァ、渡辺直美。ゆりやんが参加したAwichの楽曲を分析し論文にまとめたことも。

その他のインタビュー