故郷の宮古島で経験した医療格差。
平等な医療を届けることで、人を笑顔にしたい。

荷川取美佑

2024年入学 第8期生

カリフォルニア大学サンディエゴ校

沖縄県立開邦高等学校出身

宮古島で生まれ育った荷川取美佑さん。沖縄の県立高校からアメリカへ飛び立ち、今はカリフォルニア大学サンディエゴ校で学んでいます。

宮古島で生まれ育った荷川取美佑さん。沖縄の県立高校からアメリカへ飛び立ち、今はカリフォルニア大学サンディエゴ校で学んでいます。一時期は海外大進学を「現実的じゃない」と感じ落ち込んだこともあったという彼女が、前に進み続けてきた軌跡を追いました。

一時期は海外大進学を「現実的じゃない」と感じ落ち込んだこともあったという彼女が、前に進み続けてきた軌跡を追いました。

August, 2025

幼い頃に感じた“モヤモヤ”から芽吹いた、将来の夢

― 荷川取さんの目標は「経済的に苦しい人たちに医療を提供し、一人でも多くの人に希望を与えること。身体の不自由や生まれた環境で『夢に向かって努力することを諦めてしまう人』を減らすことに貢献したい」と聞いています。どのような経験から、この目標が形作られていったのでしょうか?

きっかけは、難病を患う母の闘病生活だったと思います。私たち家族が住む宮古島では難病に詳しいお医者様がなかなかいらっしゃらないので、症状が出始めてから診断まで2年もかかってしまい、その後も何か起きた場合は宮古島から沖縄本島の病院まで行かなくてはなりません。医療費だけでなく、交通費や宿泊費がかかるのも気にして、「この程度だったら大丈夫」と耐える母の姿を見て、経済的な格差、地域における医療の格差を幼いながらに感じ、どうにかしてあげたいという思いをずっと持ち続けてきました。母は大好きだった仕事も辞めざるを得なかったのですが、病気になるだけでも十分辛いのに、やりたいことや好きなことも諦めなければいけない。そんな状況に私は納得がいかないというか、モヤモヤした気持ちでいました。

― その “モヤモヤ” から、将来の目標が見えてきたのでしょうか。

モヤモヤしていたものの形が見えてきて、「私が最終的にやりたいことはこれだ」と目標にまで言語化できるようになったのは高校2年生になってからです。日本とアメリカの高校生が “高校生外交官” として交流するあるプログラムに参加し、国内外の同級生たちと話す機会に恵まれたのがいい刺激になりました。本来は渡米する予定でしたが、私が参加した年はCOVID-19の影響で国内実施に。5日間、施設に缶詰めになり社会課題の議論などをするプログラムで、気づけばみんな真剣に夢を語り合うみたいな感じになっていて。その中で将来やりたいことの話になり、私は最初「医者になりたい、医療系の仕事がしたい」と答えていたんです。

多忙な1年次を終え、ようやく夏休みを迎えた荷川取さん。夏休み中は故郷の宮古島に戻り、家族と過ごす時間も楽しむ予定。

どうして医者になりたいのか、どんな経験からこの夢を持つようになったのか、というのをみんなが聞いてくれるうちに、自分の中から見つけた言葉が「経済的に厳しい環境にいる人たちに医療を提供し、夢に向かって努力することを諦めてしまう人を減らしたい」。自分がやりたかったこと、伝えたかったものをやっと言葉にできたというあの時の感覚は、今でも覚えています。

バイオエンジニアリングへの
興味を後押ししたのは、財団生の先輩の声

― 「医療を提供する」というと、やはり「医学を学び、医者になる」ことがまず浮かびます。しかし、荷川取さんが大学で学びたい学問として考えたのは「バイオエンジニアリング」と「経済学」ですね。

医学だけを学ぶことには疑問を感じていたんです。例えば、私の母が患っている病気では、新しい治療法や薬が開発されてはいるけれど、受けようと思うと高額で。治療法があっても実際に受けられる人は限られているんですよね。そんな現状を知り、「私は医学を通じて人を助けたい。でも医療と別の何かを掛け合わせることで、もっと多くの人を笑顔にできるんじゃないか」と思うようになりました。それで色々と調べていくうちに出合ったのが「バイオエンジニアリング」。名前の通り、生命科学と工学を融合させた分野です。こんな斬新な学問があるんだとすごく惹かれ、日本で学べる大学があるか調べたのですが、学部ではなかなかなくて…。加えて、新しい治療法を開発するだけでなく、開発した医療が届いてほしい人に届く経済的なシステムも考えたいという思いもありました。

― 医療と別の分野の掛け合わせは、第3期生の今井美友さんも挑戦されていました。

実は私、高校生の頃に今井さんのインタビュー記事を読んでいたんです。ちょうどその頃は、「医者になるのも大変なのに、経済学、工学といった他の学問を医学と同時に学ぶなんて欲張りなんじゃないか、本当にできるんだろうか」と、自分が興味を持ったことに対して不安を感じていた時期でした。でも今井さんのインタビューを読み、「医学と別分野の掛け合わせを、もう実現している人がいる。それなら私も」と自分の学びたいことに誇りを持てるようになりました。受験よりも前に今井さんの言葉に出会えたのは、すごく大きかったと思います。

小学3年生頃に読み、人生の灯台にもなった北里柴三郎の伝記。今も大切にしている。

不安や辛さでいっぱいになりそうな時は、
「成し遂げたいこと」に立ち戻る

バイオエンジニアリングと経済学、どちらも学部で学ぶには、リベラルアーツを実践しているアメリカの大学に進学するしかない。そう心を決めて、両親や学校の先生方に話していたものの、高校3年生の進路相談の時、先生に「あ、本当にアメリカの大学を受けるんだ」と言われ…。私自身、「アメリカの大学を受験する」と宣言したところで何から始めていいか分かっていなかったので、そう言われて、「このままだと、現実的に考えて厳しいよな」と実感し、ちょっと落ち込みました。でもその後、エッセイを書いたり、推薦状を書いてもらったりと必死に動いているうちに、先生方もどんどん協力してくださったのがありがたかったです。なので、説得して協力を得たというよりは、もう動き出したのがギリギリすぎて受験に向けてひたすら頑張っていたら、先生方も応援してくれていた、という感じでした。

― 「現実的に厳しいな」と落ち込んだ時に、荷川取さんがそこで諦めなかったのはなぜなんでしょうか。

幼い頃から長く取り組んだそろばんを通し、目標をやり遂げる力が養われた。

確かに、なんで諦めなかったんだろう(笑)。一度やると自分で決めたことは、自分が納得するところまでやってみるという性格だからかもしれないです。あとは、両親にかけられた言葉の影響があるのかも。私、小さい頃からそろばんを習っていて、点数が伸びなかったり、大会で勝てなかったりした時に「もう辞めたい」と両親にこぼしたことがあるんです。両親は「辞めたいなら、辞めたらいいじゃん」と、私の気持ちを受け止めてくれつつも、「美佑がやりたいと言って始めたことだから、きっと成し遂げたい何かがあるはず。美佑はどう思う?」と返してくれて。目の前にある辛さで、達成したいことが見えなくなってないかなって、すごく考えさせられました。その言葉から、先にあるゴール、自分がやりたいことに目を向けて走り切る力みたいなものがついたのかなと思います。

2年次には「グローバルヘルス」関連の授業をさらに受講することを検討中。

新しい学問と学友たちとの出会いに触発される、
刺激的な毎日

― 志望したカリフォルニア大学サンディエゴ校に入学し、1年次が過ぎました。この1年間、どんな時間を過ごし、そして、これからどんなことをしていきたいですか?

アメリカの大学は課題の量が膨大で、みんなすごく勉強していると聞いてワクワクしていたのですが、本当にその通りでした。勉強することをすごく楽しんでいる人たちに囲まれ、気づいたら1日中勉強する日もあるくらい。その中でも遊ぶ時間とのメリハリをつけて大学生活を過ごせていることが、想像以上に私には合っている環境だと感じます。実際に受講したクラスの中では、「グローバルヘルス」が一番楽しかったですね。アフガニスタンやシリアなど、様々な地域から来た学生がクラスメイトにいる授業で、グローバルな視点で医療のあり方を考えるものでした。医療格差、経済格差の問題に対し、私以上の熱量で向き合っている子たちと出会えたのが嬉しかったです。「内戦が起きている国にどうやって医療を届けるのか」「どうしたら貧困で苦しむ人たちも平等な医療が受けられるのか」といった課題についてディスカッションしたり、社会が作り出す不平等をどうしたらなくせるのか、本当になくせるものなのかと一緒に考えたり。もしかしたら専攻をこれに変えた方がいいんじゃないかと思うくらい、魅力的な学問に感じました。

もちろん医療機器の開発にもまだすごく興味がありますし、本格的な「バイオエンジニアリング」の授業をまだ受講できていないので、受けてみるのが楽しみです。「バイオエンジニアリング」と「グローバルヘルス」、どちらも深く学びたいと迷った時はどちらか一方を諦めるよりかは両方やってみて、ダメだった時に考えるタイプなので(笑)、ダブルメジャーをするのもいいなと今は思っています。

1年次には「物理」も受講。「高校時代に基礎しか取っていなかったので大変でした。でも同じクラスの友達にたくさん助けてもらって、なんとか乗り越えました」

College Life

夢に近づく第一歩は、
自分の思いを口にすること

― 最後に、主に環境的な理由から「海外進学をしたいけれども、現実的じゃない」と考えている後輩がいたら、荷川取さんはどんな言葉をかけますか?

「やりたいことは自分の内に秘めずに、外に出すことが夢を叶える第一歩」

私も「海外大学に進学するなんて難しい」と思っていた一人です。柳井正財団の説明会で先輩たちが語っているのを見て、もう憧れを通り越して「いいな」という言葉しか出てこないくらい、現実味のない遠い話だと思っていました。心のどこかで無理だと思いつつ、それでも口に出してみる。口に出してみたら、意外と応援してくれる人がいたり、世界を広げてくれる人がいたりと、繋がっていくことがあります。もちろん、その発言に対して否定的な人はいると思いますし、ネガティブなことを言われて私も落ち込みました。

私が実践していたのは、例えば、「普通に日本の大学を受けた方がいいんじゃない」と言われたとしたら、「私がやりたいことって、本当に日本でできるのかな」と自分を振り返るきっかけにすること。否定的な言葉はアドバイスにしてしまえばいいんです(笑)。どんなに無理だよと言われても自分が本当にやりたいことを声に出し、行動し続けていられたら、いつの間にか目標にどんどん近づいている感覚が持てるんじゃないかなと思います。私自身はそうだったので、とにかくやりたいことや自分の思いを、つたなくてもいいから外に出してみる。それが、夢を叶える第一歩だと思います。

荷川取美佑 2024年入学 第8期生

カリフォルニア大学サンディエゴ校

沖縄県立開邦高等学校出身

大学では、エンジニアリングと医療関連のEngineering World Health、Society of Women Engineers、Biomedical Engineering Societyの3つのクラブに所属。それぞれのクラブでは独自の研究プロジェクトがあり、知識と経験を広げる機会になっているそう。

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