“未来をつくる教育”を求めてスワースモア大学へ。
休学を経て見つけた、大事にしたい価値観。

中野かりん

2018年入学 第2期生

スワースモア大学

東京学芸大学附属 国際中等教育学校出身

教育者になることを目指して、スワースモア大学で教育学を専攻する中野かりんさん。入学してからの3年間は、中野さんにとって、日本の教育のあり方を見つめなおす機会となっただけでなく、休学を通じて自分と向き合う大切な時間でもありました。

教育者になることを目指して、スワースモア大学で教育学を専攻する中野かりんさん。入学してからの3年間は、中野さんにとって、日本の教育のあり方を見つめなおす機会となっただけでなく、休学を通じて自分と向き合う大切な時間でもありました。 これまでの大学生活の中で、彼女がどう考え、変わってきたのか、お話を聞きました。

これまでの大学生活の中で、彼女がどう考え、変わってきたのか、お話を聞きました。

August, 2021

“自分に合う学びのスタイル”を求めて、
アメリカの大学へ。

― 中野さんは小学生の時に、次に通う中学校を自分で見つけて、「ここに行きたい」と自分で決めていますよね。当時から、学校に求めることや選ぶ基準、のようなものがご自身の中にあったのでしょうか?

教育学の授業で、日本の教育についてリサーチ、発表した資料。経済格差や機会格差など、様々な格差があることに目を向けるきっかけとなった。

そうですね。中学校は、「IB(インターナショナルバカロレア)という教育プログラムをやっている学校」を選びました。私は幼稚園から小学校5年生までシンガポールに住んでいたのですが、そこで通っていた小学校がIBを実施しているところだったんです。比較的、自由な枠組みの中で子ども達が自分で取り組むことを決められる教育で、すごく楽しかったんですよね。自由な校風のある学校に行きたいという思いが強かったので、そういう場所を自分で探して、選びました。あとは、小学4年生の頃、先生に「かりんはすごくIBに向いているから、日本に帰ってもできる限りIBをやっている学校を見つけなさい」って言われたのも大きかったと思います。みんなの個性を伸ばしてくれるような方で、私も大好きな先生だったので、その先生の言葉がすごく印象に残っていました。国内だと、インターナショナルスクールとかもIBを導入しているところはあるんですが、学費が高くて現実的ではなかったので、選択肢としては中高一貫校の東京学芸大学附属の国際中等教育学校か、静岡にあるもう1つの学校かなと、自分の中で決めていて。東京学芸大学附属の学校が落ちたら、静岡のおばあちゃんの家に住んで通うことになるのか…と思っていたので、受かった時は、「よかった〜!12歳で家を出るとこだった!」って、すごくほっとしたのを覚えてます(笑)。

― そうですね…!もしかしたら中野さん以上に、ご両親が「よかった〜!」と一安心されていたかもしれないですね(笑)。そこまではっきりとした意思と目的で、中学高校を選ばれているので、大学や専攻を選ぶときも迷いはなかったのではないですか?

いや、迷いました(笑)。迷ったというより、「どうしてもう決めなきゃいけないんだろう、という違和感」の方が、気持ち的には近いですね。そもそも、高3で文理選択をすることになって、それにちょっと抵抗を感じたんです。なんで国語や社会をがっつり取ったら、理科は取れないんだろう、とか。まだいろんなことを勉強したいと思っていたし、18年間生きてきた中だけで、大学の4年間で学ぶことを絞るっていうのがちょっと怖いし、違和感があるなって。そういう気持ちの中で、入学後の2年間は専攻を決めなくてもいいというアメリカのリベラルアーツ大学のことを知って、そういう学びのスタイルが自分には合ってるのかなと思ったので、まずはアメリカへの進学を決めました。

「なぜアメリカ?」、「アメリカで何をする?」を突き詰めて、見えたもの。

― アメリカのリベラルアーツ大学に進学する、をまず決めたのですね。次の大学選びについては、ご自身の中でどのような考え方のステップを踏んだのですか?

実家で家族との時間も満喫したという中野さん。大学生活のラストスパートに向けて、渡米を数日後に控える。

アメリカの大学を受験するって決めてから、大学や奨学金プログラムに応募するエッセイなどで「なぜアメリカに行くのか」、「行って、あなたはどうするのか」を尋ねられる機会が多くありました。その準備をする中で、たくさん突き詰めて考えて、やりたいこととしてぼんやり考えていた「人、に関わる何か」の原点が、私が小学校で受けた教育体験にあると気づいて、だんだんと、教育の勉強をしたいと心が動いていった、という流れです。スワースモア大学がいいなと思った理由は、教育学が専攻できるというのはもちろんですが、「スペシャルメジャー(特別専攻)」といって、教育学の専攻をする時に、心理学でも数学でも、何か好きな他の分野と組み合わせて、自分で専攻をデザインできるというプログラムがあったから。教育は人と同じように、いろんなことが絡み合って成り立っている分野だと思うので、様々なものと掛け合わせて教育を捉えられるのが面白いなと惹かれました。また、大学が位置する場所も決め手になりました。スワースモア大学なら、フィラデルフィアの街にも行けるし、頑張ればニューヨークも日帰りで行けます。アメリカのリベラルアーツ大学って地方にあるところが多いので、都市に近い方が好きな私にぴったりの環境。あとは、大学の近くに、別のリベラルアーツ大学が2つあって、それぞれ提携しているんです。そこの大学の授業が取れたりとか、課外活動も一緒にできたりするので、1つの大学に行きながら他の大学のいいところも楽しめるのもいいなと思いました。

― スペシャルメジャー、もう何にするか決められました?

スペシャルメジャーに惹かれて入学したんですけど、教育学とコンピューターサイエンス、それぞれを単体で専攻にするダブルメジャー(複数専攻)にしたんです。スペシャルメジャーにすると、教育学で取れる授業の数がちょっと減ってしまうのがネックで。コンピューターサイエンスは大学で初めて出会った学問で、純粋に面白くて授業を取っていたら、専攻になっていました(笑)。これこそ、リベラルアーツの醍醐味だと思います。

0〜8歳くらいの子どもに向けて、性やジェンダーについて学ぶ絵本を制作。アメリカの幼稚園生に読み聞かせをするフィールドワークも行なった。

目まぐるしい毎日の中で必要だったのは、
“立ち止まって考える時間”。

― スワースモア大学に入って3年が経ちました。初めてのアメリカでの学校生活に加えて、コロナ禍の影響など、大変なこともあったかと思います。これまでを振り返ってみて、どうですか?

そうですね、特に大変だったことでいうと、オンライン授業はすごく難しかったですね。周りの留学生に比べたら私はまだラッキーな方で、遅くても授業は夜中の2時までとか、起きていられる範囲ではあったんですけど、やっぱりポジティブな気持ちで受けられない時もたくさんありました。2020年の3月に日本に帰国して、5月の学期終わりまでをオンラインで受けましたが、学生だけでなく、教授や学校もみんなバタバタで。「次の学期もオンラインだったら、私、やっていけるのかな」って、すごく不安になったりもしました。家にいる時間が増えたので、その時、柳井正財団の奨学金プログラムに応募した時に書いたエッセイを読み返したんですよ。実は大学に入ってからも、何回かエッセイを読み返していて。そこには、将来の目標として、「考える力を身につける教育」、「若者が社会の中で役割を果たしていける教育」、「より多くの人々が学ぶ楽しさを実感しながら、学び続ける社会」を実現したいという、自分の原点が書かれています。目の前の課題や締め切りに追われて、「なんで自分はこんな大変なことをやっているんだろう」とか、「なんでこんな大変な環境に身を置いているんだろう」とか、思うことはもちろんあるので、大変な時はあのエッセイを読んで、初心に帰るようにしていたんです。「そうだよね、このために来てるんだよね」って、ちょっと救われるというか、客観的に今の状況を見ることができるので、実は今回も、休学する前にエッセイを読み返したんですが…。大学でいろんなことを勉強してきたし、いろんな人と接して自分の価値観も変わったし、このエッセイを原点にし続けていたら、多分、大学のその先をどうすればいいか全くわからないまま卒業してしまうっていう危機感に、逆に囚われてしまい(笑)。1回ちょっと立ち止まって考える時間が必要なのかもと感じつつ、夏休みの6月7月はすでにインターンをみっちり入れてしまっていたんですよね。それで、考える余裕が全然ないまま8月を迎えて、もう学期が始まっちゃうしで、「あ、無理だ。私にはお休みが必要だ…」と感じて、8月の半ば、ギリギリのタイミングで休学を決意しました。

― そうだったんですね。じゃあ休学中はしっかりご自宅でお休みをされて…。

旅館に住み込みのインターンをしに行ったりしました(笑)。休学は9月から12月の1学期間だけと決めていたので、この期間は自分のインスピレーションで、気の向くままに生きようと思って、本当に直感で行ったんです。あとは、元外資系のコンサルで今は長野の小さい街に移住された知り合いの方や、高校の先生に会いに行って、キャリア選択についてのお話を伺ったりもしました。いろんな方に「何を大事にしていたからこその、決断だったんですか」と伺う中で、自分が大事にしている価値観は何だろう、自分が今後、いろんな選択をしていく中で、何を大事にしたいんだろうと、初めてちゃんと向き合って考えたかなと思います。

― お、お休みできた?というちょっと心配な気持ちにもなるんですが…(笑)。

そうですね(笑)。その期間中、父がずっと在宅勤務だったのですが、昔から海外出張が多かったので、家で一緒にご飯を食べるというのがすごく新鮮で。父と母と3人で、毎晩夕食を囲むっていうのがすごく幸せに感じて、そういう日常が心の休養にもなっていたんですよ。

中野さんを温かく支えるお父さん、お母さんと一緒に。

ワクワクすること”を見つけられる、
温かみのある教育が今の理想。

― 先ほど、「自分が大事にしている価値観は何だろう」と、向き合って考えたとおっしゃいましたが、この休養期間を経て、何か気づきやヒントは見つかりましたか?

私にとって、家族の関係が大きな土台になっていて、それがあるからこそ、私は胸を張って頑張れるんだって気づいたこと、ですね。最初はそれ、甘えなのかなと思ったんですけど、いろんな方々に相談する中で、「家族が大事って気づけているんだったら、それは大事にした方がいいよ」って言われて、じゃあ、この気づきを大事にしようって思いました。今後の人生を考えていく上で、1つ、確かな価値観を得られたのは、すごくよかったなと思っています。

― お話を聞いていて、そんな中野さんだからこそなれる、教育者の姿がある気がします。大学生活はあと1年と1学期分、残っていますが、これまでの学びと経験を経て、今の時点で思う“理想の教育”とは、何だと思われますか?

絵画の授業も履修。スワースモア大学では、「卒業前に必ず取った方がいい」と言われているほど、評判の高い授業だそう。

最近、自分の中にあるのが“温かみ”。温かみのある教育です。教室に生徒がいて、先生がいて、生徒は自分がワクワクするようなこと、やりたいことを持っている。それにたっぷりと時間をかけられるような環境があり、先生はそれを見守っていて、そこには子どもたちが自分らしくいられる安心感がある。そういう温かみが感じられる教育というのが、今の自分の中で、理想としてあります。柳井正財団のプログラムに応募した時に書いたエッセイで、将来の目標の1つに、「若者が社会の中で役割を果たしていける教育を実現したい」と書いたのですが、もし、いろんな人たちが自分の興味や関心、インスピレーションを受けるものに気づく機会と、それを追求する機会が与えられる教育を実現できたら、その未来は自然と叶うものだなと考えるようになりました。いずれ、私も先生になりたいと考えていますが、その時は、温かみのある教育ができる先生になれたらいいなと思っています。

College Life

― 最後に、海外進学を迷っている中高生のみなさんに、メッセージをお願いします。

海外進学、以外の選択肢、例えば、日本の大学に行く、大学に進学せずに就職するなど、いろんな進路の選択肢があるので、それぞれに合う進路を選ぶことが、まず大切だと思います。海外に行くことが、必ずしも一番いいということにはならない、というのはお伝えしたいです。自分に合っているな、自分が求めるものに近いなと思えば、そこを目指すのは素敵だなと思います。海外の大学って、キラキラしているだけではなくて、大変なこともあります。でも、自分で納得して選んだ道であれば、頑張れるはず。応援しています。

中野かりん 2018年入学 第2期生

スワースモア大学

東京学芸大学附属 国際中等教育学校出身

5歳から小学4年生までをシンガポールで過ごし、帰国。獣医を目指す妹がおり、仲良しな4人家族で育つ。アメリカでホームシックになったことも。ホームシックを乗り越えるコツは、「自分が知っている日本と、アメリカにいる時の環境を橋渡しできるようなものを生活に取り入れること」(中野さんの場合は日本食を作ることだそう)、「頼れる友達や拠り所になる繋がりを、現地でつくること」。

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