イェール大学を卒業し、3年。
不完全な医療と向き合い、進み続けた先に得たもの。

川村祐貴

2017年入学 第1期生

イェール大学

サンモール·インターナショナル·スクール出身

柳井正財団の第1期生としてアメリカ·イェール大学で医学を学んだ川村祐貴さん。

柳井正財団の第1期生としてアメリカ·イェール大学で医学を学んだ川村祐貴さん。 卒業直後だった前回2021年のインタビュー後に渡英し、今はイギリス・ケンブリッジ大学に活躍の場を移しています。卒業から3年、目標に向かって進み続ける川村さんにお話を伺いました。

卒業直後だった前回2021年のインタビュー後に渡英し、今はイギリス・ケンブリッジ大学に活躍の場を移しています。卒業から3年、目標に向かって進み続ける川村さんにお話を伺いました。

August, 2024

“人を診る” ケンブリッジの医学部で
医師を志す原点に立ち返った

― 前回お話を伺ったのはイェール大学を卒業したばかりの時期でした。「最小限の負担で循環器疾患を治療できるようにする、循環器疾患による突然死や後遺症を防ぎ、誰もが生活の質を維持できる社会を実現する」という目標を掲げ、「病気ではなく、人を診る」というイギリスの臨床の教育方針と、偉大な科学者を育んだ伝統、という理由からケンブリッジ大学の医学部に進学されたと記憶しています。その後、どのような時間を過ごされてきましたか?

基礎医学の座学はもちろん、実際に病院で患者さんを診る臨床、それからもともとアメリカで行っていた機械学習と脳卒中の研究、脳卒中学会の運営委員会など……、できることをできるだけやってきました。海外大学、特に医学系の進路を考えている方の参考になるかもしれないので、まず、ケンブリッジ大学医学部のカリキュラムについて話しましょうか。ケンブリッジ大学の医学部は、学部3年、大学院3年。教養課程はなく、学部では最初の2年間で基礎医学、3年目に自分の専門を選んで学び、学士号を取ります。私の場合はすでにイェール大学で大学院も出ていたので、専門を座学する部分は飛ばし、すぐに臨床に入りました。今はStudent Doctorとして様々な規模の病院を回り、患者さんを診ることで勉強する課程にいます。

医学生としての活動と自身の研究だけでなく、脳卒中学会の運営も行う川村さん。今は大きなプロジェクトを自分で推進する経験をつけようとしているところだそう。

私は「病気ではなく、人を診る」という教育方針に惹かれてケンブリッジ大学に進学しましたが、実際に臨床医学を学び始めて、その徹底ぶりは想像以上でした。ケンブリッジでは「カルガリー ケンブリッジ モデル」という診察時の流れを体系化したものに沿って診察していきます。このモデルが大切にしているのは「Disease(疾患)」と「Illness(病)」を分けて診ること、つまり、医学的に見た病気と患者さんが感じている病、この2つを必ず同じ重さで診るということです。たとえ、疾患を正しく診断できたとしても、その患者さんがどんな不安をもって来院したのか、家庭環境は問題ないかなど、治療を受けるにあたり重要だと思われる背景を抽出できていなかったら、臨床の試験では50点。落第点になります。

イェール大学で身につけた統計学、機械学習の知識も今の研究に生かしている。「アイデアの引き出しを広げておくのは、すごく大事なことだと感じています」

人の気持ちを考えることは当然、今までも意識してきましたが、自分の発言が患者さんにどんなインパクトを与えるのか、深く考えさせられる機会が多くありました。実際に自分が診た患者さんたちから「もう一度、この人の診察を受けたいと思いますか」「患者である自分に対してリスペクトを持って接していると思いましたか」などの項目に対するフィードバックをいただくこともあります。思えば、私が医学を志したきっかけである脳卒中の患者さんは、その日を境にあらゆることが変わってしまう。臨床医学の1日目に医学部の先生がおっしゃった、「自分にとっては何気ない普通の日でも、患者さんにとっては最悪の日かもしれない。だからこそ、医師である自分が発した言葉一つで、その患者さんの1日は変わる」という言葉は、私を原点に立ち返らせてくれた意味でも、とても大切にしています。

― 川村さんはアメリカとイギリス、両国の大学を経験されました。前述されたイギリスの臨床の教育方針以外に、何か違いを感じたことはありますか?

そもそも大学の理念から大きく違うと思いますね。アメリカの大学では、その学生が社会にどれくらいのインパクトを与えられるかを重視し、評価する部分があります。一方でイギリスは、純粋に学問のために大学がある。自分が興味を持った学問を追究し、その分野にとことん突き抜けられるかどうかに重きを置いている印象です。ですから、イギリスの学部は1年目から専攻に入っていきます。どちらが優れているというわけではないんですが、私個人としては、学部生の間にアメリカのリベラルアーツで幅広いことを学び、アイデアの引き出しを増やした経験は貴重だったなと感じています。実際、私が今、研究に使っている内容は生物学の範囲に留まらず、統計学、機械学習の知識も応用したもの。リベラルアーツの幅広い学びで、発想や研究手法に幅が出たのは良かったです。

イギリスで手にした「リットマン」の “マイ聴診器”。

“グローバルスタンダード” はどこにある?
海外で学び、暮らして見えたこと

それでも卒業後はアメリカに留まらず、イギリスに来たのは正解でした。イェールに進学するために最初に渡米した頃、頭のどこかで「アメリカが最先端だ」という感覚があったと思うんですよね。アメリカがグローバルスタンダードなんだと。でもイギリスに来てみて分かったのは、イギリスはイギリスのやり方で、ヨーロッパはヨーロッパのやり方にプライドを持ってやっているということ。グローバルスタンダードといっても結局は各国それぞれで、不完全なりにベストな方法を模索しているんです。

アメリカは医療に対する投資は世界トップレベルですし、確かに技術的には最先端かもしれない。でも、受けられる医療に格差があるため、市民の平均寿命は長くありません。一方で、イギリスはNHS(公的な医療保険制度。NHSに加入している場合は、原則として医療費は無料)があり、お金持ちでも、お金がなくても、救急時には同じ病院に運ばれます。平等に医療が受けられる分、社会問題になっているのは待ち時間。イギリスではまずGP(総合診療医)が診て、必要なら専門医に繋げてもらうというシステムです。理にかなっているとは思うのですが、実際、私が肺炎になって救急外来に行った時は医師に診てもらうまで8時間もかかり……。世界に出て、自分の求める理想の医療を探してみたけれど、患者として一番ありがたかったのは日本だったという、ちょっと笑える結末になりました。

ワークライフバランスの考え方、人に対する接し方など、アメリカとヨーロッパではかなり違うと感じたそう。「ヨーロッパの中でも国によって違いがあります。イギリスに来て、何か一つの正解に合わせなければという感覚から解き放たれました」

アメリカ、続いてイギリスに来て、日本と海外の二項対立で物事を捉えていた状態からようやく抜け出せたのかなと感じています。最先端をいくアメリカのやり方が絶対だとか、AかBかどちらかが正しいとかではなく、それぞれ良いところもあれば、悪いところもある。日本の方法だけに縛られたくないからアメリカに出て、自分は世界標準になったんだと現地のやり方だけを信じていたら、結局は場所が変わっただけ。今度はアメリカの価値観、方法に縛られているだけではと思うんですよ。それは全然、自由な発想じゃないなと。

― 日本対海外という二項対立からの脱却を経て、川村さんの目標には何か変化がありましたか?

「循環器疾患による突然死や後遺症を防ぎ、誰もが生活の質を維持できる社会を実現する」ために、以前は二項対立に近い考え方をもって解決しようとしていたんですよね。「この薬を飲んだら治る」というものを目指していました。それが実現できたらすごくカッコいいけれど、現実には不完全な要素を組み合わせ、患者さんが何を一番大切に思っているかも鑑みて、できる範囲で治療しなければいけない。それが実際の医学です。0か100かというよりは、病に倒れたその人の生活の中でできることが1%、2%でも増えていく。そういう医療をやっていきたいです。死にそうな人を生かすだけが医療じゃないと気づいたというか。治療においても、不完全な部分を受け入れるようになったのは、成長したのかなと思います。知り合いには、丸くなったねって言われますけど(笑)。

ケンブリッジ大学の後は、再び渡米を計画中。忙しい毎日が続く。「24時間しかない中、とにかく優先順位をつけて効率化をとことん目指す。1日の予定も時間刻みで予定を立て、効率が少しでも下がれば休憩して切り替えます」

イェール、ケンブリッジで得た学びを
日本の学生に伝えたい

医療の現場で感じた課題を解決するために研究に励み、また研究で得た知見を治療に反映するPhysician-Scientistとして邁進していく未来は変わらず持ち続けています。患者さんが何で一番苦労しているのか、実際の診療に組み込めるものは何か、現場の肌感覚を持ちながら研究に活かし、現場にフィードバックしていきたいです。脳卒中という疾患に対するアプローチも、「この薬で治る」というものではなく、発症後の脳を保護するためにできることを機械学習と免疫学から研究を続けていくつもりです。今はまだ小さい分野ですが、いずれこの分野が確立されることを目指したいですね。

それで自分なりの結果を出してからは、最終的には教育に貢献したいと思っています。科学者としての考え方など、私が学んだ全てを日本の学生に伝えたいというのは、前回のインタビュー当時と変わらない目標。加えて、日本の大学改革にも興味があります。日本の大学制度では、一つの分野を一人の教授が担いますが、アメリカではコンピューターサイエンスと生物学など、複数の分野を併任する教授が何人もいます。海外のいい部分と日本のいい部分を組み合わせた提案が、大学運営の面でもできたらいいなと思います。

College Life

― 最後に、中高生のみなさんにメッセージをお願いします。

「自分が何をしたいのかを見つけるために海外に出ても、見つからないだろうと思います。海外進学は解決策やゴールではなく、オプションの一つ。まずは、自分の軸を見つけることです」

海外進学をするにあたって、私が必要だと思うのは、「こういう仕事に就きたい」や「こういう大学に行きたい」よりも、問題意識を持つこと。後輩から「何がやりたいか分からない」とよく相談されますが、問題意識があれば、自ずとやりたいことが見つかるし、そのやり方も見えてきます。大学で得るものの大きさは、この問題意識があるかどうかで大きく変わってくると思うんです。別に大きな社会問題じゃなくても、日常で感じたちょっとした違和感、気づきでもいい。「なぜか自分はずっとこういうことを考えているな」というものを自分なりに考え、問題意識へと突き詰めていく時間を持つのは、大学に進学する前だからこそできることだと思います。

川村祐貴 2017年入学 第1期生

イェール大学

サンモール·インターナショナル·スクール出身

イェール大学卒業後も、同大学の2つの研究室(脳卒中、コンピューターサイエンス)に所属。自身の研究を継続して行っている他、ケンブリッジ大学では免疫学の国際的共同研究の解析を担当。また、英国脳卒中学会の運営委員として論文の査読も行い、多忙な毎日を過ごす。それでも睡眠時間は8時間を確保。「とにかく優先順位をつけ、とことん効率化。効率が下がってきたらすぐ休憩に入ることも大事です」

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