「科学とは何か」、「これからの新しい科学観とは」。
根源的な問いを考え続けていきたい。

保呂有珠暉

2019年入学 第3期生

マサチューセッツ工科大学

灘高等学校出身

「これからの科学のあり方とは何か」、「人間と科学、そして社会との関わり合いはどうあればいいのか」― 遠大な問いを胸に、マサチューセッツ工科大学で学ぶ保呂有珠暉さん。

「これからの科学のあり方とは何か」、「人間と科学、そして社会との関わり合いはどうあればいいのか」― 遠大な問いを胸に、マサチューセッツ工科大学で学ぶ保呂有珠暉さん。 分子生物学、コンピューターサイエンス、科学技術社会論などの講義を受け、知見をぐんぐんと深めている彼に、「今、思うこと」を聞きました。

分子生物学、コンピューターサイエンス、科学技術社会論などの講義を受け、知見をぐんぐんと深めている彼に、「今、思うこと」を聞きました。

August, 2021

始まりは生き物への興味。それが「生物学」へ、
「科学技術社会論」へと広がった

― 保呂さんが今、マサチューセッツ工科大学で専攻しているのが、分子生物学とコンピューターサイエンス。今後は科学技術社会論を副専攻か、第2主専攻とすることを考えていると伺っています。これらを貫くのが“科学”という軸ですが、保呂さんが科学に興味を持つようになったきっかけは何だったのでしょうか?

中学生の時に、生物の面白さに目覚めたというところから始まった気がします。もともと、小さい頃から恐竜の図鑑とか、虫の図鑑とかを読むのが好きではあったんですけど、中学校で生物部に入部して、そこで改めて生物って面白いなって思ったというか。どこが面白いかっていうと、まず、多種多様であるところ。それこそ小学生くらいの頃までは、虫の造形がかっこいいとか、昔はもっといろんな生き物がいたんだっていう、想像を掻き立てられるようなところが好きだったと思います。でも中学生になって、生物学という学問としての自然と出会い、生き物に共通して見られる特徴とか、それを支配している原理みたいなものを理解していくものが“科学”としてあるんだっていうことを初めて知って、これは面白いなと。

― 生物部では、どんな活動をされていたんですか?保呂さんが通われていた学校は中高一貫校と伺っているので、中学・高校を通して、生物部で活動されていたのでしょうか?

はい、中高通して活動していました。生物部をはじめ、文化系のクラブは文化祭に力を入れていたので、それに向けて展示を考えたり、学校近くの川で採集をしたり。生物学オリンピックの勉強もしていました。生物学オリンピックというのは、生物学の理論や実験問題への取り組みを競うコンテストです。国内大会の後に代表選抜試験があって、そこで選ばれた日本代表が、国際生物学オリンピックという国際大会に参加します。

科学哲学の第一人者である著者が、「科学史」、「科学哲学」、「科学社会学」の3章を通して、「科学」を紐解く。

― 保呂さんがその国際大会に参加したのは高校1年生の時ですね。そこで銀メダルを獲得されました。図鑑を眺めていたところから、だんだんと、生物学の道へ進んでいく流れが見えてきましたね。

ただ、ちょうどその国際生物学オリンピックに出た後に、ちょっと生物から一歩距離を置いてもいいのかもな、と思った時期があって。生物というか、科学っていう営みを、もうちょっと俯瞰的に広い視野で見てもいいのかなと思ったんですよね。その時期に読んだのが、野家啓一先生が書いた「科学哲学への招待」。科学という営みがそもそもどういうものなのか、科学技術と社会の関係とは、を考える科学技術社会論という分野についての説明が最後の方にあるんです。こういう学問があるのかと初めて知って、それが、科学のあり方や科学が社会に与える影響などについて目を向けるきっかけの1つになりました。

マサチューセッツ工科大学の象徴的な図書館「Great Dome」を背景に。

MITの授業設計は“マラソン型”。
絶えず勉強し続けることを求められる。

― 科学技術社会論との出会いは、保呂さんの大学選択に大きく関わっているのではと思います。日本の大学ではなく、大学の進学先は海外にしようと、特にマサチューセッツ工科大学に行こうと決めたのはなぜでしょうか?

高校や生物学オリンピックで一緒だった先輩方がMIT(マサチューセッツ工科大学)に行かれていて、選択肢の1つとして興味を持ち始めました。MITは生命科学の研究に力を入れているし、コンピューターサイエンスの分野でも強いので、そういうところで勉強してもいいのかなと。あと、MITの場合は、科学社会技術論っていう分野が専攻の1つとしてあるのも魅力でした。アメリカの学部教育の制度は日本よりも柔軟なので、副専攻やセカンドメジャー(第2主専攻)を取ることができます。僕は今、分子生物学とコンピューターサイエンスを専攻していますが、科学技術社会論を副専攻か、あるいはセカンドメジャーとして加えようかと考えていて。そういうフレキシビリティが効くのも、アメリカの大学、特にMITを選んだ理由の1つですね。

撮影当時、ちょうど読み始めたばかりと持参してくれたのは、哲学者フレッド・ドレツキの著書「Knowledge and the Flow of Information」。

― 保呂さんは東京大学にも合格されて、MITに入学する前の半年間だけ、東京大学に通われていましたよね。東京大学とMITで、何か違いを感じたことはありますか?

実はMITも、新型コロナウイルス感染症の影響で、僕が現地にいたのって半年くらいだけなんですよね。その後はずっと日本でオンライン授業を受けているので、いまいちまだ掴めていないかもしれないんですけど…、何だろうな。そもそも、授業の設計が東大とMITでは全然違う気がしています。MITの場合は毎週、「プロブレムセット」という宿題みたいなものが出されて、それをちゃんと解いて提出しないと成績に響くという形になっています。中間試験も1つか2つありますし、授業を真面目に受けているかというのも見られるという感じです。だから逆に言うと、1つの試験に成績が集中していないので、リスクは分散されているというか(笑)。期末試験で大コケしても、そこまで大変なことにはならないんですけど、ただ、マラソンみたいに絶えず走り続けて勉強しないといけないので、必然的に勉強に対するモチベーションを上げることが求められますね。東大は、授業によるとは思うけれど、基本的には学期途中に課題はあまりなくて、最後の試験の成績で決まるっていう授業が多いと思います。

時代によって、科学のあり方は変わる。
じゃあ、21世紀の科学って?

― MITで科学技術社会論を学び始めてみて、どうですか?具体的にどんなことを学ばれているんでしょう?

科学の歴史についての授業や、文化人類学みたいなものを混ぜ合わせたような授業を受けていますね。中でも、科学のあり方が時代によって移り変わってきたのを学んだのは面白かったです。例えば、研究者たちが論文を書き、それをピアレビューと呼ばれる査読するシステムに通すと言う一連のシステムがあります。それが今の科学を推し進めてきたんですけど、この仕組みが機能してきたのはおそらくここ80年か、もっと短いぐらい。それよりも前は、もう少し違う形で科学が進んでいたんです。もっと歴史を遡っていくと、自然哲学のような他の分野と融合したような形であったり、あるいは錬金術みたいな、全然違う分野の一部であったり、という時代もありました。科学のあり方が移り変わっていくのが、結構面白いなって感じて。僕は、21世紀の間にも、科学のあり方そのものが変わりうる可能性はあるなと考えています。科学技術社会論を学んでいくうちに、どういう科学であれば、人類にとって豊かなものになるのかなっていうのを、より考えるようになりました。ただ具体的にどうすんねんっていうのは、まだ全然ないんですけど(笑)。ただ、そういう視野は持てたっていうところはあります。

「Knowledge and the Flow of Information」では、世界を情報の流れとして捉える情報理論が展開される。ドレツキの主著の一つ。

― ものすごく素朴な疑問なのですが、科学って、問答無用に人類を豊かにしてくれるものではないんですね…?

科学技術と人間社会の関係って、すごく複雑に入り組んでいるんですよ。つい先学期、科学技術社会論の授業の1つとして受けた「Forensic Science(法科学)」でも、テクノロジーと社会の関係について考える機会がありました。例えば、今、DNAの解析技術がすごく発達していますよね。個人に合った医療を提供するのにそのテクノロジーが使える一方で、ゲノム配列を読む技術はアメリカの人権問題にどう関わってくるのか、が議題になりました。科学技術と社会の間には個々のいろんな背景などが絡んでくるので、すごく丁寧に見ていかないと、間違った判断をしてしまう危険性があるんですよね。だから、科学者、研究者として、人間社会に対して責任を持つということが、いかに難しいかというか、遠大すぎるというか。僕がこの先、研究者として科学に向き合っていくんだったら、そういう危険性とか、可能性に想像力を働かせる以上のことを、どれくらいできるのかなって、…う〜ん…。

― 科学と社会のよりより関係性を考える上では、先ほど話に出た、これからの「科学のあり方」そのものについても考えざるを得なそうですね

そうですね。そういう意味では、何か新しい科学観みたいなものを提示するという形の方が、いいのかもしれないです。

― 今後、こんな研究をやっていきたい、という展望はありますか?何の研究を通して、保呂さんは「科学のあり方」や「科学と人間社会との関わり方」を考えていくのでしょうか。

マサチューセッツ州を流れるチャールズ川の側に位置するキャンパス。公園や遊歩道などの自然も多い。

生物の進化については研究したいと思っていますが、どういうアプローチの仕方を取るのか、具体的にはまだ定まっていないですね。進化生物学の分野で行われてきたアプローチの仕方もあるし、進化発生生物学といって、生き物の発生と進化の関わりを見るという方法もあります。あるいは、理論物理学の立場から見ることもできるし、コンピューターサイエンスでアプローチする方法も…。今の段階では、それぞれの分野で行われている研究を勉強しつつ、何を考えるのが一番、本質的というか、面白いんだろうっていうのを考えています。1つの方向性としては、生き物の進化の可能性を考えることができると思っていて。例えば、地球の歴史を何千万回繰り返したとして、そこで地球の歴史を何回繰り返しても、人間のような生き物は出てくるのだろうか、とか。他にどういう形で生まれ得るのだろうか、とか。そういうことを考えていくのが、方向性として1つあるかなと思ってます。

― 人間という生き物の存在にも、迫るような切り口ですね。人間とは何か、科学とは何か、科学はどうあればいいのか、人間と科学はどう関わり合っていけばいいのか。なかなかの、難問が…。

そうですね、難しいですね…。なんか、難しいとしか、言えないです。もうちょっと勉強して、それこそ人生経験みたいなのも含めて経験を積まないと…。う〜ん…。これからも、考えていきます。

College Life

― 最後に、海外進学を考えている中高生のみなさんに、何かアドバイスはありますか?

何のために留学をするのかを一度ちゃんと考えてみること。自分が何をやりたいのかっていうのをまず考えることですね。やりたいことがまだ決まってないなら、どういうことを大学時代にしたいのかっていうのを考える。次に、日本の大学ではないところがいいのかどうかって、そうやって思考のステップを進めていって、一歩一歩、改めて考えてみるのが、大事だなと思います。留学の準備をする時に、いくつか障壁があったりするんですけど、そういう時に心が折れそうになっても、自分の中できちんとした理由づけがあると、それが後々、自分を助けてくれるものになります。

保呂有珠暉 2019年入学 第3期生

マサチューセッツ工科大学

灘高等学校出身

灘高等学校時代は生物部の部長を務める他、大阪大学SEEDSプログラムの受講生として採択され、理化学研究所多細胞システム形成研究センターで約半年間の研究活動に従事。

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