三枝万柚香
2019年入学 第3期生
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン
東京学芸大学附属 国際中等教育学校出身
考古学と人類学を学ぶために、三枝万柚香さんが進学先として選んだのが、イギリスにある「ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン」。
考古学と人類学を学ぶために、三枝万柚香さんが進学先として選んだのが、イギリスにある「ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン」。 1年次から専攻を決め、各分野の学びに入っていくイギリスの学部教育を受ける三枝さんに、ロンドンでの学校生活や教育環境、専門的な学びをすることで彼女の目標がどう変化してきたか、話を聞きました。
1年次から専攻を決め、各分野の学びに入っていくイギリスの学部教育を受ける三枝さんに、ロンドンでの学校生活や教育環境、専門的な学びをすることで彼女の目標がどう変化してきたか、話を聞きました。
August, 2021
最初のきっかけになったのは、中学生の頃に出会った、作家・上橋菜穂子さんの「獣の奏者」という物語です。上橋さんの作品は、“ハイ・ファンタジー”といって、現実とは全く違う世界を描く物語が多いのですが、その描写が「こういう世界がどこかにあるかもな」と信じ込んでしまうくらい、丁寧で細かいんです。人々が何を食べて、着て、生業にして暮らしているのかという生活様式の描かれ方が、本当に緻密。そこにすごく惹かれて、上橋さんの作品はほとんど読みました。特に「獣の奏者」シリーズは、違う価値観を持つ国との対立や政治的な状況も入ってくるので、時代劇を読んでいるかのような厚みもあります。こんなお話を書ける上橋菜穂子さんとはどういう人だろうと思って、本のあとがきやプロフィールを見ていく中で、上橋さんが文化人類学者でもあることを知りました。当時、私はファンタジーの小説を書きたいと思っていたので、人類学を極めると、こんな風に書けるようになるのかと思ったんですよね。私も人類学を通して、実際にあった生活様式をたくさん学んでいけば、こういった創作の世界でもリアルな世界観を描くことに繋がるんじゃないかって思ったのが、最初のきっかけだったと思います。それから高校に入って、国語の読解問題として出されていた「水の東西」を読んだことが、もう1つのきっかけになりました。この評論文では、西洋と東洋、特に日本、では、水が持つ意味に違いがあり、ひいては、自然に対するマインドセット、考え方が根本的に違うと論じています。私はイギリスとアメリカにも住んでいたことがあったので、共感する部分はありましたが、「水の東西」とは逆のことも言えるんじゃないか、とも思いました。
そうですね。例えば、世界各国の神話に目を向けてみると、日本のヤマタノオロチのような、首を何本も持っている伝説上の生き物っていろんな場所で語られています。過去の文化、文明、生活様式には、人が考えることの普遍性が潜んでいて、その共通するところにフォーカスした方がいいと思ったんです。文化が根本的に違うからマインドセットも全て違うんですよ、というよりは、ここは一緒だから根本的に差はないんですよ、と言えた方が、人種間の分断や差別を生まないんじゃないかと思って。すごく単純な考え方ですけど。それで、人類学を大学で学びたいなと気持ちを固めていった感じですね。私が進学先として選んだイギリスの大学では、人類学は考古学部の中で教えられているので、専攻は考古学になりました。
「大学ではこれをやる」と決めて、1つのことを極められるようになりたい、と思っていたのが一番の理由です。それに、私の場合は大学で学びたいことが決まっていたこともあって、1年生から1つの分野に熱意を注ぐという形がいいなと思いました。そういう意味でも、入学の時点で専攻が分かれ、1年次からそれぞれの分野の授業に入っていくイギリスの学部教育は理想的でした。アメリカのリベラルアーツ教育にも興味はあって、アメリカに行ったら行ったで、絶対に楽しんでいただろうとは思うんですが(笑)。あと、雪が降るような寒いところは苦手だったのと、寮は基本的に全員が一人部屋である場所がいいという希望もあって、最終的には、UCL(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン)を選びました。ロンドン市内の中心地にあるのでどこに行くにも便利ですし、周りに結構な数の博物館がある環境なのも気に入っています。大英博物館も大学から徒歩圏内なんですよ。
アメリカだとマンモス校の部類に入る規模感だと思います。ただ、1年次から専攻に特化する、つまり、各学部に所属することになるので、1年生が何千人いるという考え方よりは、例えばこの学部には1年生が50人いるという、常に学部ごとの範囲で捉えられています。学部への所属意識が強いので、学部内でのコミュニティが充実していますし、教授との距離もすごく近いんです。これはイギリスの学部教育のメリットかなと思いました。一方で、他の学部の教授とは一切そういう面識はできないので、「うちはうち、よそはよそ」みたいな感じになるのは、デメリットと言えるかもしれないですね。
はい。1年生から必修のフィールドワークというのがあって、チューダー朝時代の別荘地を発掘しに行ったりするんですよ。イングランド南部のサセックスという地域にある、当時は伯爵、現在はその子孫が公爵として所持している別荘地でした。発掘場所の近くにテントを張って、20日間、テントで暮らしながら毎日掘りに行くんです(笑)。友達から、「発掘って、教授が先にその場所に行って、何か埋めておいてくれるの?」って言われたんですが(笑)、そうではなくて、そこにあるものを発掘します。とはいえ、貴重な文化遺産がザクザク出てくるわけではなくて、見つかるのはレンガの破片や貝殻など、多少ヒビが入ったりしても困らないようなもの。それでも、何かを発掘する、という体験は楽しかったですね。
そうなんですよ。掘らせてくれるんだ、ってびっくりしました。2年次の夏までに70日間、フィールドワークを行うのが必須になっているんです。1年次の発掘場所は大学から指定がありますが、2年次は好きな場所に行ってOK。研究費がちゃんと出ますし、他大学の発掘情報も共有してくれるので、活動はしやすいと思います。発掘だけでなく、博物館でアーカイブの手伝いをするといったようなことも、フィールドワークとして数えられるので、学部生の頃から実践的な経験がいろいろできる仕組みがちゃんとあるなと感じます。あと、これまで受けた中ですごく考古学部っぽくて面白いなと思ったのは、統計学の講義ですね。考古学部の教授が教える統計学、です。
本質的にやっていることは変わらないと思うんですけど、例題などが全て考古学に紐づいていますね。例えば、「この教授は50のお墓を発見しました。分母が500の墓地だった場合、50を無作為に選んだ時のサンプリングの様式は何というでしょう」とか、「発掘したデータは以下の通りでした。この発掘データをもとに、女性のお墓があった緯度経度を男性のものと比べ、何か関係性が見出せるかどうかソフトウェアを使って計算しましょう」とか。そこでお墓を例題にする必要はないのではと思いつつ(笑)、専門性に特化した学びだと、統計学もこういうことになるのかと思って、面白かったですね。
そうですね、気づきを得たと同時に、疑問もいろいろ生まれたなと思っています。考えさせられた講義の1つが、宗教の人類学という、宗教的な儀式全般について、どのような意味合いを持つものが多いのかを、様々な宗教を比較して考えるもの。宗教でも、思想ではなく方式の部分に焦点を当てると、単純な共通点はいくつも出てくるんです。例えば、儀式の序盤には、手を洗うといったお清めのようなことをやっている、序破急のような形で意識の始まりと終わりがある、とか。つまり、考え方そのものは違っても、方式としては似たようなことをしているといえるのですが、その反面、単純化しすぎているんじゃないかという疑問も出てきてしまい…。2つ以上の文化を比べて、これは似ている、これは違うと判断するのは、思っていた以上に本当に難しいことなんだなと実感したのが、入学してからの2年間で得た気づきです。本当に単純な共通点を拾って、論文にしている学者もいますが、単純化していけばいくほど、どこまで単純化していいのかというのが、すごく難しいなと、私は逆に慎重になりました。
入学当初は、大学卒業後も考古学、人類学の分野に残るということを考えてはいたんですけど、現在はどちらかというと、学者や研究者になることは考えていないですね。これまで学んでみて思ったのは、考古学、人類学は人間の歴史を語るという物語としても捉えられるということ。ただ、一番問題なのは、その物語の内容以上に、考古学と人類学が一般の人たちに興味を持たれていないんですよね。私はもともと小説が好きで、どうしたらより多くの人に小説を読んでもらえるかということにも興味があったのですが、考古学、人類学の世界に行っても、同じような課題に突き当たったなと。それなら一度、“物語”に立ち返ってみたいと今は考えています。今後、そもそも物語がより読まれていくにはどうすればいいかを考え、そこに関わっていく中で、考古学、人類学にある物語にも辿り着ければいいなと思います。
恩田陸さんの「夜のピクニック」。学校って、社会に出たら二度と経験できない特別な空間、空気が流れている場所なんだというのがすごくわかる物語です。大人になってから読んだら、「高校生のうちに読んでおけばよかった!」って絶対に思う1冊。高校生の自分だからこそ共感できる部分もある小説なので、ぜひ読んでみてほしいです。
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン
東京学芸大学附属 国際中等教育学校出身
小学4年生から中学2年生までをイギリスで、中学3年生をアメリカで過ごし、帰国。2021年現在はコロナ禍の影響もあり、大学を1年休学中。前述の上橋菜穂子さんの著作以外に、「この物語さえあれば」という本は、有栖川有栖さんの「孤島パズル」。「将来への漠然とした不安を抱えている主人公が、危機的な状況を生き延びることで成長していく。共感できるポイントがたくさんあります」。