世界中の人の手に届く薬の開発を目指して。
ペンシルベニア大学で踏み出した大きな一歩。

田中 陸

2020年入学 第4期生

ペンシルベニア大学

フィリップス・アカデミー・アンドーバー出身

ペンシルベニア大学で学ぶ田中 陸さんが、将来の目標として定めているのが「薬やワクチンの開発を簡易化し、低コスト化すること」。奇しくも、彼が大学での学びをスタートさせたのはCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の流行が始まった2020年。

ペンシルベニア大学で学ぶ田中 陸さんが、将来の目標として定めているのが「薬やワクチンの開発を簡易化し、低コスト化すること」。奇しくも、彼が大学での学びをスタートさせたのはCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の流行が始まった2020年。 コロナ禍での大学生活をはじめ、専攻する有機化学のこと、彼が歩もうとしている“化学の道”について話を聞きました。

コロナ禍での大学生活をはじめ、専攻する有機化学のこと、彼が歩もうとしている“化学の道”について話を聞きました。

August, 2021

勉強としてだけじゃなく、
人生を通して化学に関わりたい。

― 田中さんが高校を卒業する年に、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の流行が始まりました。アメリカの高校に通われていたとのことで、大規模なパンデミックの影響はあったのではないかと思います。COVID-19の発生で、田中さんの進学先や専攻選択に何か変化はありましたか?

UPENN(ユーペン。ペンシルべニア大学の略称)に進学しようと決めたのは、最初の緊急事態宣言が発令された頃でした。迷いはなく、化学が強いUPENNで学びたい!と強く思いました。きっかけは高校1年生の時に受けた化学の授業です。授業中、先生が職業としての化学との関わりや、今までの人生と化学との長い関わりなどについてたくさん話してくださって。勉強としての面白さに加えて、化学に関わる人生の素晴らしさみたいなものがあるんだって知って、僕も化学の道を志そうと思ったんです。またUPENNに合格した時に「The Vagelos Scholars Program in the Molecular Life Sciences」のスカラーにも選ばれたのも決め手になりました。これはUPENNにしかないプログラムで、大学の4年間で修士課程まで修了することができて、その上自分の研究のための研究費も頂けるんです。このチャンスを逃したくないなって思ってUPENNを選びました。

― 4年間で修士まで取れるなんて、すごいプログラムですね!でもその分、学ぶことがぎゅっと凝縮されていますよね?

そうなんですよね。取らないといけない授業が人よりたくさんあって、授業が多いと課題もテストも多くて。まあ、何とか…。正直キツイですけど(笑)、頑張ってます!

今学期からようやくキャンパスでの生活がスタート。構内には、1740年設立の長い歴史を感じる建物が至る所にある。

コロナ禍でスタートした大学生活。
深夜から始まるオンライン授業に大苦戦。

― 進学先や専攻選択という点では、COVID-19の影響はなかったとのことですが、入学してからの大学生活はどうでしたか?

正直、思いもよらない展開でした。アメリカでパンデミックが始まった2020年3月は12年生で。春休みに日本に一時帰国して6月に高校を卒業するまでずっと日本でリモート授業でした。9月になって日本にいたままUPENNに入学して、12月までの秋学期は東京の自宅でリモート授業を受けてました。

― 東京とペンシルベニアでは、かなりの時差がありますよね…?

大学構内でも、歴史的な建造物としてひときわ目を引く「Quadrangle Dormitories」(学生寮)を背景に。

13時間ですね。授業を受けるために、夜中から翌朝ぐらいまで起きていないといけなくて、昼夜逆転 の生活がすごく大変でした。日本時間の深夜1時からテストがあることも…。眠くてケアレスミスが結構多くなったり、気がついたら寝落ちしていたりで「許してくれよ〜」って。でもそんな言い訳が許される訳もなく(笑)。有機化学の実験も自宅で行いました。大学から送られてきた材料と実験器具が入ったキットを使って、先生とクラスメートとzoom越しにアスピリンを一緒に合成していく実験などがありました。リモートでは講義の映像を視聴するだけの授業が多い中、これはクラスルームっぽくて楽し かったですね。ただやっぱりリモートだと学び足りないことがたくさんあったんだなって、キャンパスに戻った今、ひしひしと感じています。2021年の夏からキャンパスに戻って、夏休み中はDr. Winkler研究室でリサーチアシスタントとして研究をしていたのですが、日本の自宅で行える程度の実験と比べると、使用する実験器材や物質の数も、全然比べものにならないんです。覚えなきゃいけない物質の種類や工程がいっぱいあって、失われた1年の知識不足、経験不足を思い知らされました。

― 今学期から対面授業もスタートして、いよいよという感じですね。

そうですね。リモートだと友人とのつながり方も限られていたので、いま教室で気軽に友人と話したり、一緒に勉強したりするのがすごく楽しいです。

“ふぐの毒”が開いた
“有機化学と天然物の合成”を極める道。

― 化学の道を志した田中さんが専攻しているのが「有機化学」です。化学の中でも、特に有機化学に惹かれたのはなぜでしょうか?

高校生の時に天然物の合成について学んだことがきっかけです。僕が通っていた学校はちょっと特殊で、高校で大学レベルの授業を受けることができました。その有機化学の授業で、フグに含まれる テトロドトキシンという天然物の合成方法について学びました。そこで合成方法を工夫することで工程の簡易化、低コスト化できると知って、その分野を極めたい!と思ったんです。天然物は病気の治療や薬としてよく使われているんです。いま注目されているのが海綿。海綿から抽出された物質が抗がん剤に使える可能性があると言われています。だけどその物質は天然の海綿からはほんの少ししか抽出できなくて、必要な量を確保するとなると世界中の海綿を根こそぎ捕まえないといけなくて。それは絶対ダメですよね。それならラボで人工的に作っちゃおう!というのが、天然物の合成です。

手にしているのは、田中さんが有機化学に興味を持つきっかけとなった「テトロドトキシン」の化学構造モデル。

自然の産物を化学の力で作る。
天然物の合成は究極のモノ作り!

僕は今、Dr. Winkler研究室で皮膚がんの一種であるメラノーマに効くとされる物質を合成する研究をしています。治療薬に繋がる可能性のあるものを合成して、どんどん改良していくという研究です。具体的に何をしているかというと、例えば効果がありそうな物質を1〜10番まで10個合成したとして、5 番が最もがん細胞を死滅することができたとします。がん細胞は死滅させたいけれど、傷つけたくない細胞もあるので、どうやったらがん細胞だけに効くようにするか、5番をどのように改良すればいいかを考えます。それで5番を元にした新たな物質を10個合成して、その中でまた一番効果がある物質を選んで、それを元に改良したものをまた10個合成して、それをどんどん繰り返していくと、いずれ素晴らしい物質が…(笑)。

― 今、どうして途中で吹き出しちゃったんですか?(笑)

いや、どれだけ時間がかかるのかな、果てしないって思ってちょっと笑っちゃいました…。有機化学における天然物の合成というのは、理論だけで終わらせず、実験して完成させるまでが最終目標。それまでの行程が本当に長いんですけど、ものすごく意味のある研究なので地道に楽しくやってます! 人間が化学の力を使って天然の有機化合物を合成するのって、ある意味究極のモノ作りみたいな感じなんですよね。そこで全てのモノ作りに必要になってくるのが、やはり工程の簡易化や低コスト化です。天然の有機化合物に可能性を探し出して、それを人の手で簡単に作り出して利用する、というのが僕の目指すところです。

医薬品をより合理的に開発することで、
医療格差を縮めたい。

― 病気の治療に繋がる物質の発見と開発だけでなく、田中さんは「工程の簡易化、低コスト化」も目標に掲げていますね。これらを重視する理由は何でしょうか?

2年次が始まり、これから専門分野の授業がどんどん増えていく予定。「授業に加えて、研究、課外活動、ボランティア...と、全部両立するのは大変だろうなって思ってます」

現在、世界では医薬品を必要としている人のうちの3分の1くらいにしか行き渡っていないと言われています。ネックになっているコストの部分を打開して、低コストで医薬品を製造することで、貧しい状況にある人たちも含め、必要とする全ての人に行き渡るようにしたい。それが、COVID-19が発生する前の僕の目標でした。COVID-19のパンデミックを経験している今、この目標に「工程の簡易化」が加わりました。医薬品やワクチンは迅速な開発、実用化も必要だなと痛感しています。今回アメリカでは、アメリカ国立衛生研究所や国際安全衛生センターなどの国家機関とモデルナやJ&Jなどの民間企業が総力を挙げて開発を行いました。それは「オペレーション・ワープ・スピード」という作戦で、開発から治験、接種までをすごく迅速に進めていて、そういうスピード感も大事だなと思って。でもそれって全ての国ができることではないと思うんですよ。アメリカには資金と人手があるからこそできたことだと思います。政策が国民の生命につながっていることを改めて思い知らされました。

世界中の人々が病気と医療格差から解放されるために、僕は天然物の有機合成の研究に力を尽くしていきたいと思ってます。医薬品をより合理的に合成する方法を開発して、世界中の医療や生活の水準を上げて格差をなくしていきたいんです。

College Life

― このインタビュー記事を読むのは、海外大学への進学を考えている中学生、高校生です。もし海外進学を迷っている学生が田中さんのところへ相談に来たら、どんなアドバイスをしますか?

例えば外国のネイティブの文化、国際開発学、リーダーシップ学など「日本で学ぶのが難しい分野」を学びたかったり、比較文化、教育学、社会学などの「海外の視点から学ぶことに意味が有る分野」 を学びたいのであれば、留学をおすすめします。そして何より「世界最先端の科学」を世界中から集まった仲間と切磋琢磨しながら学びたいのであれば留学を強くおすすめします。学びたい事がまだ1 つに決められない場合は、アメリカ留学がいいと思います。アメリカでは入学時に学部を決めなくても良い大学も多いですし、ダブルメジャーといって2つの学部を専攻することもよくあるので。タイミングとしては、「自分はこれを学びたいから、この国のこの大学に留学したい!」という強い意志を持てた時が一番です。現在、少なくともアメリカの大学はCOVID-19前と同じように留学生を迎え入れています。受け入れられるかどうかを心配しなくても大丈夫! 留学したいという強い意志と勇気を持って、海外で大学生活を始めてみてください!

田中 陸 2020年入学 第4期生

ペンシルベニア大学

フィリップス・アカデミー・アンドーバー出身

アラブ首長国連邦、アメリカ・オレゴン州で暮らしたことがあり、高校はアメリカ・マサチューセッツ州に あるフィリップス・アカデミー・アンドーバーを卒業。ペンシルべニア大学に進学し、多忙な毎日を送る。息抜きは水泳と大学近くの川沿いをランニングすること。2021年秋にフィラデルフィアマラソン / ハーフマラソンに出場。最近自炊にも挑戦。得意料理はだし巻き卵。

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